tdiグループ 情報技術開発株式会社

STORY|プロジェクト紹介
車載組込みシステム
規格ツール開発プロジェクト

日本で誰もやったことがない。
まったく新しいチャレンジだった。

「これは簡単にはいかないプロジェクトだぞ」
10年以上にわたって親しくお付き合いをしている取引先から、プロジェクトについて相談があったのは、2014年夏のことだった。国本はこう直感した。所属するオートモーティブ制御システム部が手がけているのは、車載組み込みソフトウェア、ハードウェアの開発だ。
今の自動車は、コンピュータ制御によって、さまざまな機器や装置が動いている。例えばエンジンは、ECU(エンジン・コントロール・ユニット)と呼ばれる電子制御ユニットで総合的に制御されている。その試作開発等を数多く手がけてきたのが、国本が所属するオートモーティブ制御システム部だった。
「ただ、今回はまったく新しいチャレンジだったんです。日本で誰もやったことがない。いろんなことを手探りでやらないといけないプロジェクトでした」

それが、「AUTOSAR」(オートザー)と呼ばれる車載電子制御ユニット用の共通標準ソフトウェアアーキテクチャに則ったツールの開発だった。
AUTOSARは、2003年に発足した自動車業界のグローバル開発パートナーシップ。だがこれは、ヨーロッパが主導したもの。そのため、ヨーロッパが10年は進んでいると言われていた。それをこれから日本でやろう、日本のAUTOSARツールの第一人者になろう、と複数社のコンソーシアムをとりまとめた大手ソフトウェア会社が呼びかけたプロジェクトだったのだ。

お客さまと本当に一体になって、
動いていくことができる。

「日本勢として盛り返そう、というチャレンジはとても共感できました。しかし、簡単なことではない。お客さまに指示されてから作業をするようなエンジニアではうまくいかない。我々からどんどん提案したりして、一緒につくっていけるメンバーでないといけない。最初から、そう感じていました」
プロジェクトをマネジメントすることになった国本が、声をかけられてから一カ月も経たないうちに選んだのが、二宮康平ら5人だった。そして2015年からは、渡邊慎悟が合流する。国本は、毎月一度は名古屋へ様子を見に行っていた。

「もとよりAUTOSARは日本国内には有識者も少なかったんです。お客さまと一緒に、わからないことを解決していくしかない。でも、これは大変な一方で、やりがいにもなると思ったんですね。お客さまと本当に一体になって、動いていくことができる。しかも、極めて特化していることをやっていた。こんなプロジェクトは、日本にはほとんどないんです」
プロジェクトは着々と進んでいった。プロジェクトのメンバーたちは、思った以上の活躍をしてくれた。最初、数カ月だけ名古屋での一部のツールの開発に加わる予定だった二宮は、「もっと長くいてほしい」という現場の要望から、その後、2年近くにわたって活躍することになる。
ツールの開発は、着々と進んでいった。

いずれは外販することが、
予定されている。

当時、普及し始めた頃の携帯電話に興味を持ち、携帯電話に関わりたい、というところから、国本は入社に至った。その後、自動車関連に異動。やがてマネージャーの命を受けることになる。
「3年目くらいまでは、一人前に仕事をしたい、いろんな技術を身につけたい、ということだけを考えていました。ある程度、仕事がコントロールできるようになると、小さなチームをコントロールするようになり、次第にチームもプロジェクトも大きくなっていきました」
もともとマネージャーを志向していたわけではない。目の前の仕事を一生懸命にやっていたら、だんだんと大きな仕事を手がけるようになっていったのだ。

「我々の会社は、ソフトウェアをつくる会社です。人や組織を抱えているわけですが、その規模が大きくなれば、ビジネスも広がっていく。だから、その規模をより大きくして、会社に貢献していきたいと思っています」
この会社の仕事の魅力は、モノづくりができることだという。
「いろんなカーメーカーやサプライヤーの仕事ができます。どの系列にも属さない独立系ですから、いろんなメーカーと仕事ができる。これは強みであり、面白みですね。しかも、ソフトウェアばかりでなく、ハードウェアもつくる。どんな製品をつくるか、というところから考えることができる。面白い会社ですよ」
このプロジェクトから生まれるAUTOSAR規格に則ったツールも、外販していくことが予定されている。

END

日本で誰もやったことがない。
まったく新しいチャレンジだった。

「これは簡単にはいかないプロジェクトだぞ」
10年以上にわたって親しくお付き合いをしている取引先から、プロジェクトについて相談があったのは、2014年夏のことだった。国本はこう直感した。所属するオートモーティブ制御システム部が手がけているのは、車載組み込みソフトウェア、ハードウェアの開発だ。
今の自動車は、コンピュータ制御によって、さまざまな機器や装置が動いている。例えばエンジンは、ECU(エンジン・コントロール・ユニット)と呼ばれる電子制御ユニットで総合的に制御されている。その試作開発等を数多く手がけてきたのが、国本が所属するオートモーティブ制御システム部だった。
「ただ、今回はまったく新しいチャレンジだったんです。日本で誰もやったことがない。いろんなことを手探りでやらないといけないプロジェクトでした」

それが、「AUTOSAR」(オートザー)と呼ばれる車載電子制御ユニット用の共通標準ソフトウェアアーキテクチャに則ったツールの開発だった。
AUTOSARは、2003年に発足した自動車業界のグローバル開発パートナーシップ。だがこれは、ヨーロッパが主導したもの。そのため、ヨーロッパが10年は進んでいると言われていた。それをこれから日本でやろう、日本のAUTOSARツールの第一人者になろう、と複数社のコンソーシアムをとりまとめた大手ソフトウェア会社が呼びかけたプロジェクトだったのだ。

お客さまと本当に一体になって、
動いていくことができる。

「日本勢として盛り返そう、というチャレンジはとても共感できました。しかし、簡単なことではない。お客さまに指示されてから作業をするようなエンジニアではうまくいかない。我々からどんどん提案したりして、一緒につくっていけるメンバーでないといけない。最初から、そう感じていました」
プロジェクトをマネジメントすることになった国本が、声をかけられてから一カ月も経たないうちに選んだのが、二宮康平ら5人だった。そして2015年からは、渡邊慎悟が合流する。国本は、毎月一度は名古屋へ様子を見に行っていた。

「もとよりAUTOSARは日本国内には有識者も少なかったんです。お客さまと一緒に、わからないことを解決していくしかない。でも、これは大変な一方で、やりがいにもなると思ったんですね。お客さまと本当に一体になって、動いていくことができる。しかも、極めて特化していることをやっていた。こんなプロジェクトは、日本にはほとんどないんです」
プロジェクトは着々と進んでいった。プロジェクトのメンバーたちは、思った以上の活躍をしてくれた。最初、数カ月だけ名古屋での一部のツールの開発に加わる予定だった二宮は、「もっと長くいてほしい」という現場の要望から、その後、2年近くにわたって活躍することになる。
ツールの開発は、着々と進んでいった。

いずれは外販することが、
予定されている。

当時、普及し始めた頃の携帯電話に興味を持ち、携帯電話に関わりたい、というところから、国本は入社に至った。その後、自動車関連に異動。やがてマネージャーの命を受けることになる。
「3年目くらいまでは、一人前に仕事をしたい、いろんな技術を身につけたい、ということだけを考えていました。ある程度、仕事がコントロールできるようになると、小さなチームをコントロールするようになり、次第にチームもプロジェクトも大きくなっていきました」
もともとマネージャーを志向していたわけではない。目の前の仕事を一生懸命にやっていたら、だんだんと大きな仕事を手がけるようになっていったのだ。

「我々の会社は、ソフトウェアをつくる会社です。人や組織を抱えているわけですが、その規模が大きくなれば、ビジネスも広がっていく。だから、その規模をより大きくして、会社に貢献していきたいと思っています」
この会社の仕事の魅力は、モノづくりができることだという。
「いろんなカーメーカーやサプライヤーの仕事ができます。どの系列にも属さない独立系ですから、いろんなメーカーと仕事ができる。これは強みであり、面白みですね。しかも、ソフトウェアばかりでなく、ハードウェアもつくる。どんな製品をつくるか、というところから考えることができる。面白い会社ですよ」
このプロジェクトから生まれるAUTOSAR規格に則ったツールも、外販していくことが予定されている。

END